あれから。 - 2 months later from 311 -

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3月11日金曜日。

あれから2ヶ月。



GWに、ちぃとれいな、そして家族のみんなに会いに行った。


仙台には車で出かけた。
東北自動車道はとくに路面が悪いということもなく、
いつも見る山々と、晴れ渡った青空。

たまに見える屋根瓦のブルーシートと
すれ違う自衛隊車両以外は特に何も感じなかった。

まるで何もなかったかのようだった。


久々に訪れたちぃとれいなが生活していたおうち。
いまはおばちゃんと、ちぃの妹家族がともに暮らしている。
(妹家族は、震災後に自分たちが住んでいたマンションを売って、
おかあさんと暮らすことにした。)


彼女たちの顔を見て、本当にほっとした。
やっと、元気でいることを、この目で確認して安心した。

おもわず涙が出そうになったのを、一生懸命飲み込んだ。


ちぃとれいなは既に、葬儀もすみ、親しかった友達とのお別れ会も終わって、
祭壇の前はお花やお菓子、思い出の品でいっぱいだった。

遺影に映るれいなは、私の記憶のれいなよりも大人に成長していた。
彼女は今年、自ら志願して受験していた私立中学に進学予定だった。
スマイルマークと同じ笑顔はちょっと大人びていたけど、
笑顔は紛れもなくれいなだった。

ちぃは記憶とおんなじ。
変わらなかった。

でも、ちぃの遺影を見たら、小さいころから遊んだ記憶が一瞬にして
だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと蘇って、
呼吸困難になるかとおもうくらいだった。


…。


ほんとに…いないの???


遺骨や位牌、遺影を見ても
まーーーーーーーーーーーーーーーーーーったく実感がわかない。


なんだかもうリビングで、うちの父親をおもちゃにして遊んでるよね?
ちぃは仕事先から軽(車)でギュイーンって、こっちむかってんじゃないの?


そんな感覚だった。


彼女たちを目の前に、震災当時の話や、二人が見つかったときの話、
お葬式の話、お別れ会の話、思い出話…
2時間くらいお茶も飲まず、トイレも行かず
ずっと話していたのに、それでも実感はわかなかった。


15時すぎに仕事を終えた弟が会いに来てくれた。


震災当時、わたしは弟のほうが被災してるんじゃないかと、ドキドキしたのだ。
わたしの記憶では、彼が、閖上の家に住んでいた…から。

だから彼を目の前にした時、
あまりにも安心して泣きそうになったので、
恐竜のおもちゃでつつく…という変な行動をとった…。


みんなが勢ぞろいしても、
ちぃとれいながその場にいるような気がしてたまらなかった。


それから…


閖上の家を見に行った。



名取市と仙台市には東部道路という専用道路がある。



その道路をくぐった瞬間…



コトバもなかった。



もうどこかもわからなかった。



記憶の中の「閖上」は、全くなかった。



なにこの見通しの良さは…



あのお店は?工場は?おうちは?



よく散歩した道を車で通っても、まったく自分がどこにいるかわからなかった。



よくあそびに行った閖上のおうちは、
まえにちぃの妹が電話で言っていたとおり、
玄関の階段しか残っていなかった。


わたしたちは家の中に入って(入るというよりは、土台に立って。)
ここにリビングがあって、
ここにアラ(昔彼らが飼っていたシェパード犬)がいて、
ここでよくタバコ吸ってたでしょ…
それから、ここがわたしたちの寝床だったな、
あ、ここはお風呂、ここがディズニーグッズまみれのトイレね…

…なんて話しながら、
せめてなにか、思い出になるものはないか…と探すけど、
全く無くて、仕方がないから写真を撮って…とにかく悔しかった。

小さいころの夏の日の思い出なんて、ひとっつも残ってなかった。


たまたま仙台出身の彼とお付き合いをしていた頃、
どうしても、おばちゃんに彼を紹介したくて、ここに連れてきた。
もしかしたら、閖上のおうちに来た最後は、その時だったのかもしれない。


閖上のおうちから海までは歩いて1分くらいだった。

海に向かう道も、あれだけ大きなおうちがたくさんあったのに、土台しか残ってない。
(なぜか一軒だけ、残っている家もあったけど、到底住める状態ではなかった。)

家からすぐの海は、運河のようになっていて、向こう岸に
防風林、海水浴場があった。


いまや…対岸はすっかり見渡せる状態だった。


生まれて初めて閖上に来たのは、3歳か4歳くらいだった。
対岸にあった「サイクルスポーツセンター」という宿泊施設に泊まったのが、
ちぃ、その家族との親戚以上の付き合いをすることになったキッカケだった。


その「サイクルスポーツセンター」は残っていた。


でも…


なぜか向こう岸がすごく近く感じた。


家までの道のりも、すごく近く感じた。


小さい頃は毎年、名取市の花火を家の側から見たり、
パラシュートの花火をキャーキャー追いかけた。
バーベキューでは必ず秋刀魚が出た。美味しかったんだ。ほんとに。


でもこれだけ、凄まじいい壊滅状態の閖上の街を見ても、
やっぱり正直、実感はわかないのだ。


ちぃやれいなが発見された田んぼを通っても、
閖上小学校や中学校の近くを通っても、
よくお菓子を買いに行ったコンビニ、
おうちに向かうのに通る交差点と大きな歩道橋。


建物の2階部分に、まるでささってるかのようなバス。
あるはずのない場所にある漁船。
全く廃墟になってしまったアパート…

それを見ても、やっぱり実感が沸かなかった。


その日は、仙台に宿泊することが出来ず
(仙台やその周りは宿泊施設が満員!!だった)
山形に宿をとったので、夕方にはみんなとさよならをしなければならなかった。


本当は、住んでしまいたいくらい、帰りたくなかった。

少なくともあと少しは、おばちゃんやみんなと過ごしたかった。
そしてちぃやれいなの話ももっともっとしたかった。


最後に一人ひとりとHugをしてわかれた。

小さい頃、バイバイするときは、
必ず車が見えなくなるまで手を降っていたけど、
あの時と同じように、みんなが見えなくなるまで、
車の窓から顔出して手を振り続けた。


それから2日間。
両親と山形→福島の内陸部→宇都宮と旅行して東京に帰ってきた。


家について、荷物をおろし、
おばちゃんがわたしたちに持たせてくれたお土産とお香典返しを開けた。


お香典返しは、おそらく、ちぃとれいなのお別れ会のご挨拶文が入っていた。


それを読んだ瞬間…




涙が止まらなくなった。…号泣。嗚咽付き。




やっぱりふたりとも、もう二人はいないの???




そう思ったら、泣けて泣けて泣けて泣けて仕方なかった。




あれから2ヶ月。




何もなかったかのように過ぎてく日常。
いまや余震も少なくなってきた。

毎日被災地や被災をした方々のニュースを目にはするけれど、
実際の揺れを感じなくなると同時に、どうしたってあの映像の記憶は薄れていく。

みんなと話していて、おばちゃんが言ったコトバ。


「忘れられてしまうこと」


…これが一番怖いことだという。




わたしは、この震災をぜったいに忘れない。

ちぃやれいなのことも、閖上の思い出も、絶対に。


そして、被災地や被災者の方に、東北に、
少しでも自分が力になれることを、ずっと続けて行きたいと思う。

思い出をたくさんくれたお礼に。



閖上のおうちを見に行ったときに、気がついたことがある。


たくさんの瓦礫と、壊れた家々やがらんとしてしまった土地の中で、
黄色い水仙の花があちらこちらに咲いていた。

まっすぐに、凛とした姿で。しっかりと咲いていた。

津波がさらっていってしまった土地にも、花は咲くんだなと
切なさと、感心とでなんだか変な気分になった。


でもあの時に見た水仙の花のように、自分も強くありたいなと今は思う。


震災が、日本を、世界を、地球を変化させる何かのキッカケになれば…
自分もその一部でありたい。



----

このブログを読んでくれた方に。

●もし旅行を考えているのであれば、ぜひ東北へ!
(被災地に行け!ということではないです。)

内陸部や被災から早々と復興している観光地、
素敵な場所が沢山ありますよ!
ぜひあの景色と、おいしいものをたくさん食べて、
たーくさん、お金を使ってきてください!

私的には極端な意見ですけど、
ボランティアがえらいとか、野次馬がダメ!とか
そんなことはもはやナイ!です。
行ってお金使ってくれれば…

●この震災を忘れず、支援し続けてください。

募金あたりまえ!ボランティアやらなきゃダメ!

…とかそういうのはまったくありません。
そういう直接的な支援は、出来る人がやればいいと思います。

人はそれぞれなので。

でも、まずはあの事実を忘れず、
伝え続けていくことも支援になるのではないか…と。

節電や買い占めしないとか、
そいうのも結果的に支援だと思う。

地球規模な支援にならないかな。

----

やっと2ヶ月、もう2ヶ月、されど生き続ける限り、時間は過ぎていく。


後悔のないよう、一日一日を大切に…

「いま、ここ」

…を生きていきたいと改めて決心。



※写真はこのGWに回った、喜多方の写真です。福島の内陸は、桜が満開でした。
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by lady_penelope | 2011-05-13 11:28 | +日々是日記


写真も文章も感覚最優先。


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